アフターコロナのマネジメント
今年5月に新型コロナ感染症が5類感染症に移行してから、多くの職場では「ようやくコロナ禍が終わった」とばかりに、働き方をコロナ禍の前に戻そうとする動きが止まりません。部分的でもリモートワークを認めている企業は3割程度になったとも言われています。
しかし、「ウィズコロナ」の3年間に私たちが経験したり学んだりしたことは、これからも私たちの働き方やマネジメントに大きな影響を与えるはずです。またパンデミックのような非常時になる可能性も否めません。それに備えて、私たちはどんな心構えをすればいいのでしょうか?
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本質において一致、行動において自由、すべてにおいて信頼
これからのマネジメントを考えるにあたって、ピーター・ドラッカーの言葉に注目してみます。マネジメントに関する多くの著書を著したドラッカーは『経営者に贈る5つの質問』のなかで、「本質において一致、行動において自由、すべてにおいて信頼」という言葉を紹介しています。ドラッカーが理想とする組織の形をあらわした言葉だと思います。
これは、古代ローマ時代のキリスト教徒たちの間で共有されていた言葉だそうです。当時キリスト教は禁止されており、各地にひっそりと信者たちのコミュニティが運営されていました。すべてのコミュニティを統制する仕組みもないから、各コミュニティや個々の人たちに行動が委ねられます。コミュニケーションの齟齬から誤解や諍いが生じることもあったでしょう。しかし聖書という経典と、仲間とともにこの困難を乗り越えるというミッションが共有されていたので、少々の対立があってもお互いが信頼でつながっていたのだと思います。
ドラッカーは、カリスマ的なリーダーが多くの人間を統制し、多様性を抑圧して機械のようにコントロールする組織や社会を嫌いました。反対に、ミッションを共有して、一人ひとりが自ら目標を定め、目標に向かって自分自身の成長と貢献を促進することを奨励しました。それが人々の能力を高め、組織の力を最大化すると考えたからです。
組織の方向を確認し、全体のベクトルを合わせる
「本質において一致」とは何でしょう?組織のミッションやビジョン、価値観を共有することと言えるかもしれません。私たちは何のためにこの組織で働き、どんな状態になることをめざして努力や工夫をおこなっているのでしょう。大切にしなければならないものは何でしょう。それらが曖昧だと、私たちは方向性を見失ってバラバラになるかもしれません。
3年前、突然リモートワークに移行した当初は、勝手がわからずに右往左往したのではないでしょうか。同じ場所に集まって仕事をしていると、ミッションや価値観をとくに意識しなくても、目の前の仕事をこなしていればよかったかもしれません。しかし、おたがいの姿が見えずにいると、「何のためにこの仕事をするのか」「私たちはどこに向かっているのか」といったことが、メンバー間をつなぎ、協働を促し、組織の成果につなげていくための大切なキーワードとなります。
マネジャーの役割のひとつは、組織の「本質」を明確にしてメンバー間での共有を促し、皆のベクトルを合わせていくことにあるのだと思います。
メンバーを信頼し、コントロールを手放してみる
ところで、「行動において自由」という言葉は、多くのマネジャーにとっては容易に認めがたい言葉かもしれません。しかし、メンバーの自由な発想や行動をむやみに制限することは、部下の成長を抑えるだけでなく、組織の成長を阻害することにもなりかねません。
自由に行動させることのリスクを考えるのは、チームの責任を担う立場の人にとっては無理もないことです。心理的安全性の大切さを提唱したエイミー・エドモンドソン教授は、心理的安全性を向上させる行動のひとつに、「境界を設けること」を挙げています。「ここまでなら何をしてもよい」という、自由の限界を示しておくのです。たとえば、「このプロジェクトで取り組んでいる内容は、プロジェクトの終了まではメンバーの間だけで話す」といったことです。
あらかじめ「線引き」がされていると、発言に関するハードルが少し下がることでしょう。行動においても同じことが考えられます。「ここまでは大丈夫だ」という境界線のなかで、一人ひとりに最大限の自由を発揮してもらうことが必要です。
リモートワークのときはもちろん、ふだんの職場においても、メンバーを信頼してコントロールを手放してみることが大切ではないでしょうか。自由に行動をさせると、小さな失敗も体験することでしょう。失敗を通して自ら学んだことは、その人の成長を促進させることになります。
自分に気づく(セルフ・アウェアネス)
ここまで、ドラッカーの言葉を紐解いてきましたが、アフターコロナのマネジメントを考えるときに、もっとも大切だと思うことをお伝えします。それは、セルフ・アウェアネス(自分に気づくこと)です。具体的には、自分の思考の特徴や感情の取り扱い方、強みや弱み、価値観など、自分の内面にあって、自分の言動を特徴づけているものを的確に認識できることです。
「私はこの仕事を通して何をやりたかったのか?」「いま私は正しいことをしているだろうか?」自分自身のあり方をしっかり認識できている人は、ぶれないものです。まわりに適切な影響を与え、他者の主体的な行動を促すこと、つまりリーダーシップを発揮することが容易になることでしょう。自分の言動に自信を持ち、枠にとらわれることなく自由な発想をすることができ、適切な判断をおこない、深い人間関係を築くことも容易になるでしょう。自分をありのままに見せ、責任をとることも大切にします。そんな上司とともに働く人たちの満足度は高く、ともに会社の成長にも貢献していけることでしょう。
反対に、自分への認識が欠けている人が上司だったら、部下はどう思うでしょう?仕事はこなすけれど、主体的に考えたり動いたりはしない。ちょっとした発言や行動が、まわりをイライラさせる。判断がぶれて何を大切にしているのかがわからない。ちょっと頼りのない上司に見えないでしょうか。
時々、仕事の手を休めて、自分自身に矢印を向けてみるのがいいでしょう。自分はこの仕事を通じて、何をしようとしていたのか。仕事を進める上で大切にしていることは何か、大切にしなくてよいものは何か。できれば身近な人から、フィードバックを受けてみたらいいのです。「私がこの組織で役に立っているのはどんなことだろう?」「さらに役に立つためには、どんなことが求められるだろう?」
自分に問いかけ、まわりの人に問いかけてみることから、セルフ・アウェアネスは養われていきます。自分自身への気づきを通して、さらに自己のマネジメント力を高めていくことができるでしょう。そして気づいたことはできるだけ言葉にして、まわりの人たちに伝えていくのがいいでしょう。「上司はいま、こんなことを大切にしているのだ」と部下たちが気づくと、チーム内の相互理解が進んでいくものです。
理路整然と伝えなくても大丈夫です。「いま、こんなことでモヤモヤしている」などと、自分の内面に起こっている葛藤や不安な感情もそのまま伝えてもいいのです。情報共有だけでなく、気持ちの共有ができるチームは、つながりが強固になるものです。自己開示が進むと、「すべてにおいて信頼」できる組織づくりの基盤ができます。
自分らしいマネジメントの実践のために
今回は、アフターコロナのマネジメントというテーマで、ドラッカーの言葉を紐解き、セルフ・アウェアネスについて紹介しました。マネジメントに関する新たな考え方は、さまざまなメディアで取り上げられています。すぐに役に立つものもあれば、難しいものもあるでしょう。大事なことは、それが自分のマネジメントのしかたに合ったものかどうか、どうすれば自分が適切に使いこなせるのかを見極めることです。その意味では、マネジメントはまず自分を知ることから始めることが大切だと思います。
マネジメントに携わる方、またメンバーとして組織で働く方にとっても、これからの取り組みのヒントになれば幸いです。
以上