キャリア自律とは?考え方や企業が支援するメリット、制度設計について解説
キャリア自律とは、個人の価値観や意思を重視した職務選択と、それに伴う学びへの自発的な取り組みなども含めたキャリアを、個人が主体性を持って築いていくという考え方のことです。キャリアオーナーシップとも呼ばれます。
このような「個人」を軸とした自律的なキャリア形成は、社会環境の変化や働き手の価値観の多様化とともに広がり、今までの「組織主導」のキャリアモデルから切り替える企業が増えています。
そこで本記事では、キャリア自律の核となる概念や注目されている背景、企業として支援するメリットや施策のポイントなどを解説します。
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キャリア自律の考え方
キャリア自律とは、「めまぐるしく変化する環境の中で、自らのキャリア構築と継続的学習に積極的に取り組む、生涯にわたるコミットメント」(Career Action Center)と定義され、従来のキャリア論と異なる点がいくつかあります。
今までのキャリア開発が会社での業務内容や人事制度(職位など)に沿って考えられていたのに対し、キャリア自律では個人の意思による選択と継続的学習によってキャリアが開発されるという立場を取ります。ポイントとなる観点として以下のものがあります。
・自身の価値観を知る
・今までの経験に縛られない
・組織の枠にとらわれない
・価値観や環境の変化を受け入れ適応する
これらを表し、キャリア自律を理解するうえで欠かせない概念が「プロティアンキャリア」と「バウンダリーレスキャリア」です。
プロティアンキャリア
プロティアンキャリアとは、変化する社会環境に対して個人が自らの意思で自由に姿を変え、適応していくキャリアのあり方のことです。
プロティアン(protean)は、「変化し続ける」「変幻自在な」などの意味を持つ言葉で、万物に変身する能力を持つギリシャ神話の海神「プロテウス」に由来します。キャリア自律について考える際に重要なこの概念は、1976年にアメリカの心理学者ダグラス・ホールによって提唱されました。キャリア主体が組織ではなく個人にあること、また、キャリアは一定ではなく変更できるという考え方が、伝統的なキャリア観に代わって現代に広く受け入れられています。
プロティアンキャリアを構成する重要な要素としては、「アイデンティティ」「アダプタビリティ」の2つのコンピテンシーがあります。
アイデンティティとアダプタビリティ
プロティアンキャリアにおいて重要な概念となっているのが、「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」です。
アイデンティティは、自身の価値観、能力、興味の対象などを含む自己の認識のことです。 キャリアを主体的に形成するためには、自分自身が何を「成功」と感じるのかを理解し、過去から現在、未来につながる一貫した自己認識を持つことが重要です。このような自分なりの「軸」を持つことで、組織の評価や周囲の評判といった他人軸に依存せず、自分自身が本当に大切にしている価値基準に従ったキャリア形成が可能になります。
一方、アダプタビリティは環境の変化に対応する能力です。ここでいう「変化」とは市場や社会環境のほか、社内の組織変化なども含みます。技術やビジネスの進歩により、現代の「仕事」には新しい要求が次々に発生し、常に新たな知識やスキルが必要とされます。この変化する状況に適応できる力、あるいは適応しようとする意思の力がアダプタビリティで、個人が望むキャリアを形成する上で非常に重要な概念となります。
これら2つのコンピテンシーを持つことで、自身の価値観を軸に行動を決定し、外的な状況変化にも柔軟に対応できるようになります。つまり、プロティアンキャリアやキャリア自律が意味するところの「主体的なキャリア形成」が可能となるのです。
バウンダリーレスキャリア
バウンダリーレスキャリアは、「boundary(境界)」のないキャリアという意味で、マイケル・アーサーとデニス・ルソーによって提唱された概念です。組織の中で展開していく従来型キャリアと対置される考え方で、組織や職務という境界を越えて展開するキャリアのことを指します。
組織で必要とされる知識やスキルを得るために異動を繰り返し、昇進・昇格していくことが「キャリア」であった従来型モデルは、自らのキャリアを組織の意思にゆだねている状態とも言えます。バウンダリーレスキャリアでは、キャリアは個人のなかに蓄積されるものとされ、そこに組織の制限はありません。企業や職種などの境界を越えて自由に展開するものとして、キャリアを定義しています。
典型例としてあげられるのはシリコンバレーのIT技術者です。彼らは技術やビジネス環境の急速な変化に対応するため、ひとつの企業に留まらずに企業間を移動しながらキャリアを形成していきます。引き換えに、変化に対する適応は個人に求められ、常に市場の先を予測して競争力のある知識やスキルを身に付けていく必要があります。そのため、企業や組織の枠を越えた技術者同士の交流が活発に行われています。
このようなキャリアの考え方は、雇用の流動性が進む現代と相性がよく、さらに企業や組織にとらわれない人的ネットワークが実際に成果を上げていることから、日本でもIT業界などを中心に受け入れられています。また、キャリア自律を考える上で欠かせない概念でもあります。
キャリア自律が必要とされる背景と支援のメリット
キャリア自律が必要とされる背景としては、社会環境の変化や企業と働き手双方の事情などがありますが、ひとことで表すなら「企業主導の一律的なキャリア形成が時代に合わなくなった」からといえるでしょう。終身雇用や年功序列の見直し、リスキリングの流行、ダイバーシティ経営の推進、日本型雇用からジョブ型雇用へ転換が進んでいることなども背景は近似しており、同じ流れの中での変化といえます。
現在の急速に変化するビジネス環境で勝ち抜くためには、閉じた組織で時間をかけてキャリアを形成する方式では対応が難しく、また、労働人口の減少と働き方の多様化、労働観の変化により、個人を組織の都合に合わせる人材管理に限界が見え始めています。このような状況の中で必要とされる人材が、組織の枠を越え、自ら主体的にキャリアを考えて成長を続ける「自律型人材」です。
自律型人材は、常に自らのスキルや経験を市場価値に照らし合わせ、変化に柔軟に対応しながら成長していきます。彼らが組織の活性化、企業の発展に貢献することはあきらかで、企業にとってこのような人材を多く抱えることは大きなアドバンテージとなります。
そして彼らのような成長意欲が高い人材が魅力を感じる企業とは、自身のキャリアが肯定され、かつスキル開発支援が充実している企業です。キャリア自律を促す仕組みや支援制度を整えることは、優秀な人材の確保と、彼らを定着させる可能性を高めます。これは組織の生産性を上げ、企業の競争力を保つ大きな力となります。
キャリア自律を支援する人事制度のあり方
組織主導から自律的なキャリア形成への方針転換は、働く個人にとって歓迎すべき点が多い反面、キャリアを主体的に考えることに不慣れな従業員を抱える企業もあります。特に長らく日本型雇用制度を維持してきた企業などでは、「これからは自分でキャリアを考えてほしい」と伝えたところで、意図を理解し実行できる従業員が自然に増えることはほぼないでしょう。彼らのキャリアに対する意識を変えるためには支援が必要です。
キャリア自律の支援は、おおむね以下の観点から具体的施策を考え、制度を整えていくのがポイントとなります。
・キャリア研修の提供と管理職の意識改革
・自律的なキャリア形成を促す人事制度づくり
・自発的な学びや経験の機会拡大
それぞれ解説します。
キャリア研修の提供と管理職の意識改革
キャリア自律には、従業員個人が主体的に自らのキャリアに関わるというマインドセットが必要です。しかし、業務内容を限定せずに雇用する「メンバーシップ型雇用」が中心の組織では、職務や業務課題が組織から与えられ、キャリアはそれらの達成評価で決まるという意識が根強く残っています。また、「ジョブ型雇用」であっても、最初からほかの可能性を排除し、現在の職種や業務にキャリアを限定して考えてしまう従業員も存在します。
キャリア自律は、個人の意思と選択の自由を尊重し、さらに環境に合わせて姿を変える点に特徴があります。従業員にこのようなマインドセットを獲得させるには、キャリア研修のほか、身近な相談の場として上司とのキャリア面談が重要です。その際には、事前に管理職対象のキャリア研修が必要になるでしょう。また、社内外のキャリアコンサルタントを活用した相談窓口の設置なども効果的です。
自律的なキャリア形成を促す人事制度づくり
従業員にキャリア自律を促すには、会社側にも個人のキャリア希望に添う制度が必要になります。たとえば希望部署や職種を自己申告制にするなら、配置基準の明確化、成果型の評価制度などは不可欠で、ほかにもさまざまな制度変更が発生します。
日本での成功例としてよく取り上げられる制度としては、事業部や部署が人材要件を公開して社内で募集を行う「社内公募制度」、従業員が自身のスキルやキャリアを公開して希望部署へアピールする「社内FA(フリーエージェント)制度」などがあります。これらの制度の存在は従業員のキャリア自律意識を高めやすく、うまく活用することで組織の活性化につながります。
自発的な学びや経験の機会拡大
学習機会の提供も、キャリア自律を促す施策として重要です。従業員にヒアリングを行ってカリキュラムを作成する個別プラン型の能力開発が理想ですが、一部に従来型の一斉研修を組み込むのも有効です。どのような形式をとるにしても、自律性を支援するためには個人に選択肢を提供する必要があります。豊富なプログラムの中から個人が自ら選ぶ仕組みを作ることが大切です。
業務内容に直結する研修だけでなく、社外の教育コンテンツを利用した自己啓発の支援も、従業員が自ら学び成長する習慣を身に付けるのに役立ちます。また、副業やボランティアによる外部との交流は、新たな知見や経験の獲得、スキルや人脈の幅を広げる手段として有効です。
キャリア自律支援を企業の発展につなげる
キャリア自律の推進には人材流出の懸念があると捉える企業もあるかもしれません。しかし、完全な終身雇用や年功序列制を取らない企業は多くなっており、個人においてはすでに転職は珍しいものではなくなっています。
そのような状況で、自律した優秀な人材は企業の「エンプロイメンタビリティ(雇用能力)」に期待しています。スキル開発支援は充実しているか、自身の市場価値を引き上げるキャリ アが積めそうか、などを冷静に見ているのです。つまりキャリア自律支援を行うことは、社内に自律した人材を増やし、彼らの組織コミットメントを高めることになります。制度を整え、優秀な人材が集まる好循環へつなげていきましょう。
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